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宇都宮地方裁判所 昭和58年(行ウ)1号 判決 1988年3月31日

原告

中島敬治

右訴訟代理人弁護士

岩本義夫

被告

宇都宮地方法務局塩原出張所登記官

宗像英世

右指定代理人検事

遠山廣直

右指定代理人

岩井明広

外六名

主文

一  原告が別紙目録記載の各土地につき宇都宮地方法務局塩原出張所昭和五七年一一月五日受付第二〇三二号をもつてした地目変更登記申請に対する被告の同年一二月一六日付却下決定はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告)

主文と同旨

(被告)

一  本案前

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  本案

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求の原因)

一  別紙目録記載の土地(以下、単に「二五九番の土地」、「二六〇番一の土地」あるいはその二筆の土地を合わせて「本件土地」という。)はもと江連保正の所有であつたところ、原告は昭和五四年九月二〇日右土地について債権者として強制競売を申し立て(宇都宮地方裁判所大田原支部昭和五四年(ヌ)第三八号強制競売事件)、その競売手続においては裁判所が選任した評価人の評価に基づき本件土地の現況は原野であるとして手続が進行し、非農家である原告が昭和五七年七月二〇日本件土地を競落し同年一〇月四日その所有権移転登記を経由した。

二  原告は被告に対し、同年一一月五日本件土地の登記簿上の地目「畑」を「原野」に変更する旨の地目変更登記の申請(以下「本件申請」という。)をしたが、被告は原告に対し、同年一二月一六日付で右登記申請を却下する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。

三  しかしながら、本件土地は一旦は開拓地として荒起こしがされたが昭和四九年四月ころからはまつたく放置され、隈笹、すすきが生い茂りところどころには灌木も生え、容易に農地に復元することは不可能であつて、既に農地性を失つているというべきであるから、本件決定は違法である。

四  よつて、原告は被告に対し、本件決定の取消を求める。

(被告の本案前の主張)

本件決定は抗告訴訟の対象となるべき行政庁の処分にはあたらず、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

すなわち、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とはその行為によつて直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものでなければならないところ、一般に登記官の行う登記行為はいわゆる公証行為に属し、特定の事実又は法律関係の存在を公に証明するものであつても、それによつて直接私人の権利義務を形成しあるいはその範囲を確定する性質を有するものではない。

そして、そのことは本件のような地目変更登記においても同様であつて、ある土地が農地であるか否かは登記簿上の地目や所有者の主観的な使用目的の如何を問わず当該土地の客観的な事実状態に基づいて決定されるのであるから、本件土地の登記簿上の地目が「畑」であつてもその客観的な事実状態が非農地であれば右の地目の表示とは関わりなく本件土地に農地法の適用はなく、したがつて、所有者が本件土地の所有権の行使につき同法所定の制限を受けることはないのである。もつとも、登記行為の公証行為としての性質からすれば、本件土地の登記簿上の地目が「畑」と表示されていれば現状が非農地であつてもその取引等に関し形式的には農地法の適用を受ける土地として扱われるという不利益を受けることは否定できないが、それは本件土地の所有権に対し法律上加えられた制限ではなく事実上の不利益に過ぎない。

また、地目変更登記についても、当事者は登記申請をすることができるが、他方、表示の登記については、職権主義がとられ(不動産登記法二五条ノ二)、登記官に実地調査権が付与されており(同法五〇条一項)、不動産の現況の把握と公示は登記官の職責とされていて、登記官は当事者の申請がなくても自らが調査したところにしたがつて登記することができるのであるから、右の当事者の申請行為は単に登記官の職権発動を促すに過ぎず、同法八一条、九三条ノ二は一定の者に表示登記の申請義務を課した規定であつて、この規定をもつては当事者に登記申請権を付与したものとはいえず、更に、同法四九条が、当事者の申請の内容が登記官の調査の結果と符合しない場合には理由を付した決定をもつて当該申請を却下することを義務づけ、この却下決定に対しては、同法一五二条によつて審査請求をすることができると規定するのも、登記官の判断の慎重を担保するものであり、当事者に登記申請権を付与したものではないというべきである。

以上のとおり、地目変更登記の申請については、それを拒否した場合に何ら申請人の実体法上の権利ないし利益を侵害することはなく、また、申請人に認められた申請行為も登記官の職権発動を促す性質を有するに過ぎないから、これを拒否しても何ら申請人の権利ないし利益を侵害したものとはいえず、いずれにしても、本件決定には処分性はないものといわざるをえない。

(被告の本案についての答弁)

一  請求原因事実に対する認否

1 一、二の各項は認める。

2 三の項は争う。

二  主張

1 本件決定に至る経緯

原告の本件申請には農地法所定の転用許可書の添付がなかつたため、被告は昭和五六年八月二八日付民三第五四〇二号法務省民事局長通達(登記簿上の地目が農地である土地についての農地以外の地目への変更の登記申請があつた場合の取扱いについて)及び同日付民三第五四〇三号法務省民事局第三課長依命通知に基づき、農地の転用に関する事実等について塩原町農業委員会に照会したところ、同委員会から本件土地については農地法所定の転用許可はなく、現況は農地であり、また当該地域は農業振興地域であるとの回答を得た。

そこで、被告は昭和五七年一一月二二日原告立会いのうえ現地を調査し、更に同年一二月八日宇都宮地方法務局登記課表示登記専門官及び同地方法務局大田原支局登記官とともに再度現地を調査して検討した結果、2に記載する理由により、本件土地は農地であるとの判断に達したため、同月一六日不動産登記法四九条一〇号に基づき原告の申請を却下する旨決定した。

2 本件土地の農地性

本件土地及びその周辺一帯の土地はもと国有地であつたが、戦後開拓地として開墾されて畑となり、昭和三五、六年ころ入植開墾者に売り渡されたものであり、本件土地も昭和三五年二月一日江連保正に売り渡され昭和三六年一二月七日その旨の所有権移転登記が経由され、その後昭和四七年度において農地振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)六条に基づき農業振興地域、農用地区域に指定された。

そして、前記の現地調査当時の本件土地の状況は、昭和四九年ころまでは江連保正が畑として耕作していたもののその後同人が耕作をやめてしまつたため一面すすきが生え部分的には灌木、隈笹が自生している状態であつたが、隣接地は畑として耕作されており、本件土地も機械力の導入により畑に復元することが可能な状態であり、その最有効使用は営農用地とみられるから(不動産鑑定士鈴木泰彦作成の鑑定評価書)、本件土地は休耕地であつて農地性を失つていないと判断したのである。

第三  証拠関係<省略>

理由

(被告の本案前の主張についての判断)

地目変更登記は、既に生じた不動産の物理的変動を単に報告するという性質を有するものであつて、それによつて当該不動産の法律上の性質を変更するものでもなく、実体法上の権利関係に変動を及ぼすものではないから、地目変更登記の申請を却下する決定は、申請当事者の実体上の権利、利益を侵害するものとはいえない。

ところで、いわゆる表示の登記は、昭和三五年法律第一四号による不動産登記法の一部改正によつて、従来不動産の権利の得喪変更を公示するための土地登記簿、建物登記簿と不動産に関する客観的状況を把握し公示するための土地台帳、家屋台帳とが制度上分離されていたものを一元化した際に創設されたものであり、権利の登記とは異なり、土地台帳、家屋台帳の制度を引き継いで職権主義を採用しているが(同法二五条ノ二)、それは、不動産の物理的状況をできるだけ正確に明らかにして不動産取引の安全、円滑を確保するとともに、土地台帳、家屋台帳が不動産の課税台帳としての機能を果たしてきたという沿革から税務行政等の不動産に関する諸行政の便宜を図るところにあると考えられ、その意味で、表示の登記手続に当事者の関与を全く排除して当事者の申請行為を否定する趣旨までは含まず、かえつて、当事者の申請行為の存在を前提にして、更に、当事者に対し一種の公法上の義務として申請義務を課している(同法八一条一項、三項、一五九条ノ二)のである。

そして、この当事者の申請行為については、土地台帳法、家屋台帳法の下では、当事者の「申告」は登記所の職権発動を促すに過ぎないとの理由から、これについては応答が予定されていなかつたのとは異なり、現行不動産登記法では、当事者の申請の内容が登記官の調査結果と符合しない場合には登記官は理由を付した決定でその申請を却下しなければならず(同法四九条一〇号)、この決定に対しては審査請求ができる(同法一五二条)とされているのである。

したがつて、現行の不動産登記法上は、当事者に手続上の登記申請権を認めているものと解するのが相当である。

また、実質上の見地からみても、例えば、当該土地が農地か否かは登記簿上の地目の如何に関わらずその土地の客観的な現況によつて決定されるとしても、登記簿上の地目が農地であればその取引に際しては実際上は農地法上の制限を受ける土地として扱われるという不利益を受け、また固定資産税の課税基準は登記簿上の地目に拘束されることなく固定資産評価員の調査結果に基づき市町村長が決定した固定資産課税台帳の登録価格によつて定まるとしても(地方税法三四九条、四〇四条、四〇九ないし四一一条)、地目等の登記事項が事実と相違するため課税上支障があると認める場合には市町村長は登記所に対し修正等の措置を申し出ることができるとされ(同法三八一条七項)、登記官が表示の登記をした場合には一〇日以内に当該不動産の所在地の市町村長に通知しなければならず(同法三八二条一項)、市町村長は右の通知を受けた場合には遅滞なく課税台帳の記載を訂正するなどしなければならない(同条三項)とされていることからも明らかなように、登記簿上の地目の表示は固定資産税の課税にあたつての一つの重要な基準となつており実際上は登記簿上の地目の如何によつて課税に著しい差異が生ずることも否めず、このように登記簿上の地目が正確に公示されることについて重大な利害関係を有する当事者に地目変更登記の申請権を与えることは究極において不動産の正確な物理的状態を把握するのにも資することになり前記の表示の登記の目的にかなうものというべきであるから十分の合理性があるというべきである。

以上を要するに、不動産登記法上の登記官は地目変更登記の申請に対してもそれに対して応答すべき義務があり、この義務に対応するものとして登記簿上の地目の表示に重大な利害を有する当事者に正確な公示を求めるという手続上の申請権が認められているものと解するのが相当である。

そうすると、登記官の地目変更登記申請を却下する旨の決定は当事者の手続上の申請権を侵害するものとして抗告訴訟の対象となる処分にあたるというべきである。

被告の本案前の主張は理由がない。

(本案についての判断)

1  請求原因一及び二の項の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、本件土地の農地性について検討する。

前記争いがない事実並びに<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件土地は、東日本旅客鉄道株式会社東北本線西那須野駅から西方に約二〇キロメートルの日光国立公園内の山岳部に位置し、前黒山(標高一六七八メートル)の北側斜面にあたり、その標高は約一一〇〇メートルである。

本件土地を含むその周辺地域は、もと国有林であつたところ、戦後開拓地として開墾され、入植者に売り渡されたが、本件土地も、訴外江連保正(以下「訴外江連」という。)に売り渡され、昭和三六年一二月七日付で所有権保存登記が経由された。その後、本件土地を含むその周辺地域は、農振法六条に基づき栃木県知事から農業振興地域の指定を受けた。しかし、訴外江連は、昭和五〇年ころから、本件土地の耕作を止め、右土地はそれ以後は荒れて放置されたままの状態にある。

(二)  原告は、昭和五四年九月、訴外江連の債権者として、宇都宮地方裁判所大田原支部に対し、本件土地について強制競売を申し立て、強制競売開始決定を得た(同裁判所支部昭和五四年(ヌ)三八号不動産競売事件)。

そして、同裁判所から賃貸借取調を命じられた同裁判所執行官笠原廉三は、昭和五五年二月ころ、現地に赴いて調査したが、同裁判所に提出する報告書の備考欄には「現況原野 五年程耕作せず」と記載をした。

続いて、同裁判所から不動産評価を命じられた不動産鑑定士鈴木泰彦は、同年五月下旬、現地を調査したが、本件土地は、耕作をせず放置されていて、雑木が生え、すすき等が自生しており、直ちに耕作地に復元できる状態であるか否かの判断に迷う状況であつたため、同裁判所に提出する鑑定評価書には、現況地目としては「原野」と、土地の利用状況としては「畑として耕作されずに放置され、原野状を呈している」とそれぞれ記載し、ただ本件土地が農業政策的には農業振興地域に指定されていることや付近に畑が存在することを考慮して「最有効使用は営用農地と判断される」との記載をした。

(三)  そこで、同裁判所は、本件土地の現況は原野であるとして強制競売手続を進め、昭和五七年七月二〇日、最高価入札申出(二五九番の土地につき金九四万五〇〇〇円、二六〇番一の土地につき金二五六万五〇〇〇円)をした非農家の原告に本件土地の競落を許可する決定をし、原告は、同年一〇月四日、競落を原因とする所有権移転登記を経由した。

(四)  非農家である原告は、本件土地の地目の変更を求めて昭和五七年一一月五日本件申請をしたが、被告宇都宮法務局塩原出張所登記官は、本件土地は登記簿上の地目が畑であるにもかかわらず農地転用許可書が添付されていなかつたため、昭和五六年八月二八日付民三第五四〇二号法務省民事局長通達(登記簿上の地目が農地である土地についての農地以外の地目への地目の変更の登記申請があつた場合の取扱いについて)及び同日付民三第五四〇三号法務省民事局第三課長依命通知に基づき、農地転用に関する事実等について塩原町農業委員会に照会したところ、本件土地について農地法所定の転用許可はなく、その現況が農地であつて、農業振興地域に指定されている旨の回答があつたことなどから、昭和五七年一二月八日、被告、宇都宮地方法務局登記部門表示登記専門官、同地方法務局大田原支局登記官及び塩原町農業委員会事務局長ら五名で、現地調査を行つた。その際の本件土地の状況は、二五九番の土地については、全体的にすすき、隈笹が密生し、二六〇番一の土地については、全体的に背丈以上の高さのすすきや隈笹が密生し、同土地の中央部を南北に垣根状に約五、六メートルの高さの灌木が存在したほか、やや小さな灌木が不規則的に散在していたが、数カ所に畝の跡らしきものもあつて、表土は比較的柔らかかつた。

(五)  前記表示登記専門官ら同地方法務局の担当者は昭和五八年五月一三日再度現地を調査したが、その際の本件土地の状況は、前記昭和五七年一二月八日の調査の際に比べてややすすきの繁茂の状態が疎になつたものの、二五九番、二六〇番一の土地ともすすき、隈笹が繁茂し、前記二六〇番一の土地の垣根状の灌木のほか、両土地全体に小さな灌木が散在していた。

(六)  当裁判所の第一回検証時(昭和五八年一一月七日)の本件土地の状況は、二五九番の土地は、全体的に背丈以上の高さのすすきや隈笹が密生し、二六〇番一の土地は、全体的にすすき、隈笹が繁茂しており、前記の垣根状の灌木のほか小さな灌木が散在していたが、数カ所に畝の跡らしきものもあり、土中にさしたる抵抗なくスコップを差入れることができた。なお、二六〇番一の土地の東側に隣接する二六一番一の土地、北西側に隣接する二五五番一の土地は、いずれも畑であつた。

(七)  当裁判所の第二回検証時(昭和六一年一〇月二二日)の本件土地の状況は、二五九番の土地は、一面すすきに覆われ、小さな灌木が散在しており、二六〇番一の土地は、全体的に、背丈程の高さのすすき、隈笹が密生しており、すすきの一部は根を張つて容易に起こすことができず、前記垣根状の灌木のほか、小さな灌木が散在していたが、数カ所に畝跡らしきものもあり、その部分のすすきは根を張つてはいなかつた。なお、前記二六一番一及び二五五番一の各土地は、いずれも畑であつた。

(八)  昭和六二年六月五日(鑑定人石川武志が本件鑑定のため現地を調査した日)時点で、本件土地(前記二六〇番一の土地の垣根状の灌木が存在する部分を除く。)を耕作地に復元するには、約一九日間の肩掛式草刈機(2PS級)による機械刈払、約三日間のレーキドーザー(11t級)による機械抜根及び機械排根作業、約六日間のトラクター(55PS級)によるロータリー(直装式)耕起及び砕土作業等のほか、のべ約七八人の人力を必要とし、これに要する費用は約八三万円である。

以上によれば、本件土地は、本件処分当時、もともと耕作地であつたことから一部に畝らしき跡が残存し、表土も比較的柔らかい部分があつたものの、訴外江連がその耕作を止めてから既に約八年が経過して荒れ地と化し、全体的に背丈以上のすすきや隈笹が密生してその一部は根を張り、二六〇番一の中央部に垣根状に存在する高さ約五、六メートルの灌木のほかに、やや小さな灌木が不規則に散在しており、耕作可能な状態に復元するには、機械力を導入して相当規模の作業を必要とする状態であつたと推認され、本件土地及びその周辺地域が農振法六条に基づき栃木県知事から農業振興地域の指定を受け、周囲に畑が存在していたとしても、その現況は既に農地性を喪失していたものといわなければならない。

3  したがつて、本件土地が未だ農地であるとしてなされた本件決定は違法である。

(結論)

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野澤明 裁判官草深重明 裁判官阿部潤)

別紙目録

一 栃木県那須郡塩原町大字湯本塩原字前黒二五九番

登記簿上の地目 畑

地積 四一三二平方メートル

二 同所二六〇番一

登記簿上の地目 畑

地積 一三六四六平方メートル

以上

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